やっぱり鼻白んでしまう。

人を尊敬できるかどうかに年齢は全く関係ないと私は思っている。
んだけど、なんで小沢健二を尊敬できなくなったんだろう。
歌詞に入れ込めないほどしゃべるからなのか。書くからなのか。

例えばこれ(Twitterでもインスタグラムでも同じものが載っているので、そのまま載せます)

この展覧会はとても面白そうだし、興味を惹かれる。

でも、それに「僕は日本にいても英語でニュースも見るし読むしエンタメも見る」は必要なくありませんか?

なんでここで「小沢くん(さん)、さすが!すご〜い」的なことを言ってほしそうにするんだろう。
彼のツイッター開始後の内容にはずっとこんな感じのポジショントークというかマウンティングが入っている。

…と思うのは、夫も全く同じだから?彼は英語(とドイツ語でもニュース見る)を衰えさせないためだけど(仕事で使う)。
そんな人、たくさんいると思うのです。だから夫はそんなことドヤらない。なので私も尊敬している。旅行に毎年行く人も多いだろうし。
(ちなみに夫のBBC視聴とわたしの「VS嵐」が共存するカオスな家庭です)

「小沢さんすごーい」を手下というか信者にして楽しいのかなあ?といつも思っています。

あと、アメリカ帰りのせいか、歌詞とメロディが日本語のイントネーションと違っているところが出てきて、藤山一郎さんなら歌ってくれないレベルです(藤山一郎さんは「蛍の光」を、冒頭の「ほたーるの」が日本語のイントネーションと異なるとして歌わなかった)。



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