田淵の比喩が詩人である件

昨日書いた、「CIDER ROAD」グッズへの惹句で正直田淵に惚れ直してしまいました。

”ちょっとでも触れたら崩れてしまうような
テラリウムを覗き込むつもりで大切に再現する”

これを一読して思い出したのは立原道造です。
立原道造というのは、詩人でもあり建築家でもあり、でもどちらも道の途中で24歳の若さで亡くなってしまった昭和初期の人です。
「萱草に寄す」が有名です。

彼の言葉で、亡くなる前に恋人に言った

「五月のそよ風をゼリーにして持つてきてください
非常に美しくておいしく
口の中に入れるとすつととけてしまふ
青い星のやうなものも食べたいのです」

というフレーズが以前から好きでした。
立原道造は結核で亡くなったので、とても若い時から病んでいたのですが、彼を支えた恋人がいました。
その人にこんな素敵な言葉を贈れるなんて、心の綺麗な人だったんだろうなあと思っています。
(本人の写真をみても蒲柳の質という感じの佇まいです)

それで、「ちょっとでも触れたら崩れてしまうテラリウムを覗き込むように」という、とても繊細で繊細で、でも情景が浮び上がるような、色彩に溢れた表現を読んで、彼の「五月の風を〜」を思い出したのです。
田淵が立原道造を読んだことがあるのかは知りません(詩とか読むのかな?)念のため。

思えば「CIDER ROAD」はハリネズミのようにとがった3人が紡いだ、とても優しいアルバムだと思います。

本当は弱さは強くて涙こそ道しるべで
少年少女の思いが弾けてため息が満月を欠けさせて
リニアブルーを聴きながら自分の行く道を確信し
少年ラビットの助けも借りて「彼女」に会って
人に紛れるようにカメレオンのように色を変えて
大人にはナイショの秘密基地に宝物を隠して
君との約束が待ちきれないモドカシフローがいて
セレナーデは止まらなくて
流星の指す方へ君を探して
ターミナルで待ち合わせて
ノーモアHappy birthday で
大切で譲れない名前を僕だけが知ってて
わからずやには見えない魔法をかける

アルバムなのですから!

田淵の書く詞には、いつも弱くて傷つきやすい男の子がいます。
(惚れた愛してる別れたなんだとかって絶対に歌詞に書きませんからね!)
私はその少年をとても愛しています。
そんな歌詞の曲を、本当は可愛いくせに針を立てて一生懸命威嚇してる(=ハリネズミ)3人がやっていたと思うと、その時も含めて本人も「愛おしい」と思うのかもしれません。

そんなふうに大切に大切に再現してくれるライブを、私も覗くことができるのはとても嬉しいです。

もうハリは要らなくなって、「僕三歳のウサギさん!」で良くなった三人が今覗くテラリウムを見に行こう。

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