やっぱり数学はきっと神々の遊び

大好きな鶴ちゃんのインタビューが載っていました。
(前編もあります)

ふくらPにせよ、鶴ちゃんにせよ、数学を愛する人に「天使」的なものを感じてしまうのは、とても未来、に、あるいは高次元なものに、(多分それは自分ではさわれない)愛と能力を注いでいるからだと思うのです。

1000年先に役に立つかもしれないもののために、大きく網をかけてまつ。
私のやってたことなんて、今役になってるんだからほんっとにミクロなもんで、もう古かったりしますが、鶴ちゃんのやってることは人類の叡智の一歩なんですよね。すごいなあ。

で、そういうことに魅力を感じる姿がまた美しいと思います。

あと、ちょっとだけ田淵さんとからめると、鶴ちゃんのお母様が言ってた「騙されないために勉強する」は田淵さんが「勉強はした方がいい」と言っているのと多分根底は同じで、いろんなことを知っている方が判断の際にミスが少なくなる、とか、思考力が身についていればコミュニケーションが取りやすいとか、そういうことだと思います。

ところで私も数学からは程遠いのに、論理学は少しやったので、「逆に」の多様性に困る時があります。
クイズで「○○の対義語は?」と言われた時の対義語が「それ対義語じゃなくね?」みたいだったり。

いつだったか、テレビかな?
「少年の対義語は?」で「老婆」と答えていた人がいましたが、それはまさに鶴ちゃんのいう「ねじれの位置」なので、対義語ではない、とか。

人が学問に打ち込んでいる話は本当に読んでいて楽しいです!

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